星の名前

 はるか昔、サンダルフォンが造られた瞬間から、心には輝く星への憧憬があった。その輝きは眩しすぎて、サンダルフォン自身のかすかな光など掻き消されてしまうし、どんなに焦がれてもサンダルフォンの手では届かない。
 眩い星を敬愛した日も憎悪した日も変わらず、狭く閉じた世界では唯一の輝きであった。なにせ、他の全てを掻き消してしまうほどの光なのだ。それ以外の存在など、気に留める必要すらなかった。

 夜も更けすっかり酒盛りの様相を呈していた宴からそっと退席して、サンダルフォンは静寂の空へと避難した。酒はどうにも不得手だ。
 そうして空から夜の街並みを見下ろしてみると、ふと闇夜の中にいまだ多くの光が瞬いていることに気付く。まるで星の海のようだ。あのひとつひとつに、空の民がそれぞれ命を懸けて紡いできた物語があるのだと、今なら理解できる。

 かつてサンダルフォンが空の底に落とそうとしたもの。
 在りし日のルシフェルが愛していたもの。

 役割を返還してなお、自ら天司長として務める気持ちに嘘などないが、今でもサンダルフォンは、あの星のような光たちをルシフェルが想っていたほどには愛せていない。なぜならサンダルフォンは、あれらを掻き消すほど光り輝く、たったひとつの星とその名前をはじめから知っているのだから。

 あの星のそばにいたかった。
 あの星のそばにいることを許されたかった。必要とされたかった。役に立ちたかった。

 だがサンダルフォンの今の願いは、もう少し違う形をしている気がする。星を見上げるだけではなく、あの星が天上から見ていたものを自分も知りたい。

 なにも知らないサンダルフォンに、空の世界のことを教えてくれる時のルシフェルの瞳は、普段よりどこか楽しげだった。サンダルフォンは皆が敬愛してやまない天司長に直々に教えを受けながら、しかしいつも話の内容よりもルシフェルのことばかり気にしてしまっていた気がする。
 でも今はあの時、海の美しさを教えてくれたルシフェルの表情が、どうしてあんなに穏やかな慈しみに満ち、それと同じだけ瞳をキラキラと輝かせて楽しそうだったのか、その理由が知りたい。

「……綺麗ですね」

 いつも姿を探していた目線を、月明かりを映した水面に向ける。
 ずっと声を探していた耳を、夜のしじまに傾ける。
 どうしてだろうか。そうすると、不思議とあの中庭にいた頃よりもずっと、彼という存在の近くにいられるような気がした。問いかける声には返事もないのに。

 夜明けを告げるために輝く星の名前。
 あの中庭を遠く離れ、たったひとつ見えていた星を失ったかわりに、こんなに多くの星々が見える場所まで来たけれど、その標は今もここにある。

 サンダルフォンの心を惹きつけ、導く。やはり唯一の星だ。